IKIJIの流儀特別編5-神田山緑

今年は、様々な業種の方へのインタビューを通して、ファッションや文化について学んでいきたいと思います。今年初めのインタビューは、講談師の神田山緑(かんださんりょく)さんです。異業種から講談師になった異色の経歴の持ち主である神田さんに講談の魅力や今後について伺いました。

近江(以下:近):今日はよろしくお願いします。はじめに簡単な自己紹介をお願いします。

神田さん(以下:神):人形町出身で、近くに小唄や踊りのお稽古場があって、子供の頃は遊び場だったのですが、普通に就職して、起業もして講談とは関係なく過ごしていました。師匠となる神田すみれの講談を初めて聞いたとき、その光景が浮かんできて。それに感動して、飛び込みました。教室に通い、女性の師匠だったので、男性の弟子は採らないと3回断られながらも弟子入りしたのが29歳です。

近:29歳で講談師になるのは、遅い方ですか?

神:当時は一番遅かったです。講談師は、高卒が一番いいと言われる世界なので、社会人さらには社長まで経験している人は、皆無でしたね。服装も当時は、アルマーニとかルイヴィトンとかを持って行ったら、怒られて。次の日からユニクロでないと楽屋に来てはいけないと言われ、初めてユニクロを買ったり。

近:生活のすべてが180度変わってしまったという感じですね。

神:ある程度覚悟はしていましたが、想像以上でした。

近:最近の講談人気について、理由を教えてください。

神:それは、確実に後輩の神田伯山君の影響ですね。講談の魅せ方や現代の要素をうまく取り入れながら話をしているところに、ラジオから火が付いた感じです。講談界にとっては、ありがたいことです。

近:今後の目標は?

神:昔ながらの古典の講談を伝え残して行きたいと思っています。新作もやるけれども、根底にある講談のルーツを正しく守っていきたいと考えています。時代には、合わないかもしれないけれど、残すことが大事だと思っています。有難いことに先輩方から色んな稽古をつけてもらっていますが、その先輩達が皆さん70代以上で、きちんと芸を引き継いでいる人がほとんどいなくて。

近:私の業界とも共通点が多いです。墨田区はメリヤス産業の発祥の地と言われているのですが、衣料品の輸入浸透率が97.6%もあって、100人いたら日本製を着ている人が2.4人しかいない計算になります。2.4%の国内生産を守っていかなければいけないというのが、今残されているメーカーの役割だと思っていますし、ものづくりに精通している人の年齢が上がってきていて、技術の継承という点でも問題が共通していると思いました。

 

丁寧に商品を見る神田さん

神:いいモノはちゃんと残ると思っているので、しっかりとやっていけば大丈夫だと思いますよ。

近:ありがとうございます。

神:今後は、役者や声優もやっていくのと、明治や大正に流行った怪談を掘り起こし、講談の魅力を発信できたらと思っています。

近:素晴らしいですね!応援しています。今は、コロナ禍なので難しいですが、3年程前から店舗で講談や落語をやりたいと思っていて。是非店舗でもお願いしたいのですが?

神:分かりました。怪談やってもいいですよね。

近:ありがとうございます!今日はお時間いただき、ありがとうございました。

正座姿がやはり一番お似合いです。

トップス:サマーウールTシャツ

 

<INFORMATION>

神田山緑 公式WEBSITE